シロの埋葬屋1
シルファはいつも笑顔を絶やさない素敵な女性でした。
高貴な雰囲気を漂わせるブロンドの髪は、とても私には似つかわしくなく。
一国の女王もが羨むような顔立ちは、とても私とは不釣合いで。
聖母の様な優しい性格は、とても私なんかには勿体無くて。
シルファの優しさに触れることが、私にとっての至福でした。
シルファの作ってくれた夕食を口にするのが、私にとっての至福でした。
シルファが花や動物に語りかけている様を見るのが、私にとっての至福でした。
シルファはいつも私の隣にいてくれました。
世間から逸脱し、たった一人で暮らしていた私の傍に、ずっと。
春の暖かい日も、シルファは隣で笑っていました。
夏の暑い日も、シルファは隣で笑っていました。
秋の涼しい日も、シルファは隣で笑っていました。
冬の寒い日も、シルファは隣で笑っていました。
でも次の春には、シルファはいませんでした。
私の下から、いなくなってしまった。
どこに行ったのか、私には分かりませんでした。
探しても、探しても、探しても、
シルファはいませんでした。
シルファが、消えてしまった。
「あなたは誰ですか?」
「シロロといいます。埋葬屋をしております」
シルファがいなくなってから数日。
今まで人なんて滅多にやってこなかった私の家に、訪問者がやってきました。
シロロと名乗った彼は、春だというのに暑そうなロングコートを着込み、背には巨大な棺桶を背負っていました。
頭には鍔広の帽子を被り、視力が悪いのか、眼鏡をしています。
年齢はまだ子供でしょう。背丈は私の胸にも届いていません。
そして、一番おかしなところは。
着込んだコート、巨大な棺桶、鍔広の帽子、彼が身につけている全てのものが。
白。
「ご主人、埋葬屋に用はありませんか?」
唐突なことを尋ねる少年でした。
人によっては無礼にも思えるような質問です。
自分で言うのもなんですが、私は別段怒りっぽい性格というわけでもありません。
だから私は平静を保った声で、「いいえ、ありません」と返しました。
するとシロロは、「そうですか」と無表情で答えました。
「では、また明日来ます」
私とシロロの会話は、一分にも満たなかったことでしょう。
何が目的だったのかは分かりませんが、シロロはそれだけ言って帰っていきました。
明日また来る、と言っても、いったい何をしに来るつもりなのか。
私は、埋葬屋なんかに用はないのに。
翌日、シロロは宣言通り我が家へ来訪しました。
「ご主人、埋葬屋に用はありませんか?」
昨日と全く同じ質問を投げかけてきました。
まさか昨日今日で埋葬屋を呼ぶような事態が起こるはずもなく、私は昨日と全く同様に、「いいえ、ありません」と返しました。
するとシロロは、「そうですか」と無表情で答えました。
昨日と一字一句違わないやり取りです。
私はシロロの目的の分からない行動に、首を捻ります。
そして、昨日と違う点が一点。
「あと、五回来ようと思います」
帰り際に、シロロがそう行ったのです。
「では、また明日来ます」
やっぱり、会話は一分も続きませんでした。
翌日、シロロは三度目の来訪を果たします。
「ご主人、埋葬屋に用はありませんか?」
この台詞を聞くのも三回目です。
私は例によって「いいえ、ありません」と返します。
するとシロロは、「そうですか」と無表情で答えました。
このやり取りに意味はあるのでしょうか。
私は意を決してシロロに訊いてみました。
「なぜ、私の家にやってくるのですか?」
「私が、埋葬屋だからです」
「私は、埋葬屋に用はありませんが」
「そうですか」
シロロから、納得のいく答えは聞けませんでした。
「では、また来ます」
結局、その日も会話は一分に満たず。
シロロは帰っていきます。
昨日のシロロの発言によると、あと四回は来るそうです。
翌日、シロロは来訪しませんでした。
昨日までの三日間は、決まって昼頃に姿を見せたシロロが、夕方になっても訪れません。
また来ると言っておきながら来ない。
私はシロロに何かあったんじゃないかと心配しましたが、それを確認する術がありません。
そして、ふと気づいたのです。
昨日のシロロは、「では、また来ます」と言っていました。
一昨日のように、明日来るとは言っていなかったのです。
では、次はいつ来ると言うのでしょう。
明日か、明後日か、一週間後か、一ヵ月後か、一年後か。
私には分かりません。
その日、私は夜までシロロの来訪を待ちました。
翌日、やはりシロロはやって来ません。
あと四回は来訪するはずなのに。
今まで三日連続で来訪していただけに、どうにも腑に落ちません。
なぜ二日空けたのでしょうか?
確認しようにも、私はシロロへの連絡手段を持ちません。
たった三日間、時間にすれば三分も顔を合わせてはいないというのに。
私は、シロロのことが気になっていました。
翌日、シロロには会えませんでした。
翌週、シロロには会えませんでした。
翌月、シロロには会えませんでした。
翌年、シロロには会えませんでした。
気がつけば、最後にシロロがやって来た日から、三年が経っていました。
それでも不思議なことに、私はシロロを忘れませんでした。
それどころか、シロロの来訪が昨日のことのように思えるのです。
あと四回、シロロは来ると言っていました。
私はそれが嘘には思えません。
だから私は待ち続けます。
シロロを。
あのおかしな埋葬屋の少年を。
(続く)